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shimashimaのblog

日々感じる想いや考えの整理するところ。

足りないものを実感する経験。

 

人生において体をもって体験した事は、自分の感覚のもっとも深いところに影響を与えている。僕はいろんな人と接する中で、話してるひとつひとつのことばに熱がありその熱が相手に綺麗に伝わる感じや、ものを作る上でつくり込み方や取り入れ方がうまくカチッとしたものをつくってるのに柔らかく見える感じや、人の持ってる才能をピカピカに磨き上げていく感じ、リーダーシップをもった人の統率していく感じを目の当たりにして、本物と自分の距離はどの程度あるのかを実感することがある。

ロゴにしても、国立競技場にしても、デザイナーのこのデザインがどうしようもないとか、建築物のここがだめだとか、国家もメディアもどの世界もどうしようもないと言っている人が増えているように見える。

ハイレベルから遠ければ遠いほど人間は自信を持てる。本当にハイレベルに近づくと実際に本物とガチンコでやりあう機会や、本物を目の当たりにする機会をもてるので、リアリティをもって本物を感じる事ができる。その瞬間に自分の足りてないものを実感する。本物は本当にすごいと思う。ロゴや国立競技場ではホントにすごい本物だが、身近にも本物はいる。

実際の自分の実力が実感としてわからないまま生きていく事になる。だから妙に自信過剰であり、妙に不安そうに見える。自分の実力を知らないというのはしんどい話で、何が自分にできて、何ができなくて、何は向いていなくて、誰が本当にすごいのかが実感としてわからない。つまり世の中で生きていくときに誰についていって、自分はどうポジションをとったらいいかがわからなくなる。

足りないものを実感する経験をして萎縮してしまうリスクもある。知らなかったからこそ勢いよく無謀に思える挑戦ができるという事はあるのだろうけど。

足りないものを実感する経験ことによって、人に敬意を持ち、自分自身を把握することにつながるはずである。