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shimashimaのblog

日々感じる想いや考えの整理するところ。

井上孝治写真館へ。

福岡県糸島市にある井上孝治写真館に行ってまいりました。

井上孝治写真館は土日のみ開館する完全予約制で、井上孝治氏の息子さんご夫妻の週末住宅に併設しています。竣工して13年。写真館は今年いっぱいで閉館するとのこと(来年からは企画展示を行うかもしれないが未定とのこと)。

閉館前に行きたいと思い、学生時代の友人2人誘い行ってまいりました。(本当は3人誘いましたが1人はまさかの寝坊)

 

設計者は、柿沼守利。(師は白井晟一

構造はRCと木。

前面道路と面する部分を1階とするのであれば、地上1階の地下3階建て。1階は玄関と地下に降りる階段のみ。地下1階に居間や寝室・キッチン等の水廻り。この階がご夫妻の住宅部分にあたる。地下2階は、ギャラリースペースとサブの展示室として使えそうな休憩室、トイレと暗室。地下3階は、小さ目の倉庫。

 

まずは、建物横にある小さな門扉から地下2階のギャラリーに案内される。

これがその門扉。

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門扉の左側から見ると格子状になっており、隙間から向こうが見える。

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L型の金物を使う簡単な操作の門扉と両サイドをH型鋼で導入部分をつくるこの豊かさにココロを持って行かれた。

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そして、地下2階部分に降りるとテラスが迎え入れてくれる。

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まず島の位置関係について説明を受けたあと、「ギャラリーを見て、隣の休憩室で少しゆっくりされたら、同じ道を戻り、玄関のチャイムを鳴らししてください。少しですが、コーヒーと茶菓子を準備してます。」というご主人の案内に従い、ギャラリーへ。

僕は、この建物を堪能するのは、長くても1時間半ぐらいだと計画していたが、甘かった…。

ギャラリーは50㎡ほど。壁4面と部屋の中心に少し角度のある形で設置された展示壁の6面に写真が20枚程度。毎度テーマを決めて展示しているが、今回は最後ということでテーマを決めず、井上孝治氏本人が現像までしたものをチョイスしているとのこと。井上孝治さんは幼少期の事故で聴力を失った写真家である。ぼくは写真に詳しいわけではないが、1枚1枚に力強さがあった。

そして、となりの休憩室でゆっくりとした時間を過ごした後、玄関へ戻る。この時点でギャラリーに入ってから1時間以上が過ぎていた。

 

そして、玄関へ。

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この雨どいがたまらないという友人。下から見上げるとこんなかんじ。

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基本的に雨どいという処理を行わない柿沼さんの建築の珍しい部分が手に触れることができるので触ってしまいました。

 

そして、居住スペースの地下1階部分へ招かれる。

階段から降りると迎えてくれるのがこの景色。

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一緒に行った3人で建築をなめまわすように見る。細部まで洗礼された空間をひとしきり、見終わると(見終わったわけではないが、何とも言えない脱力感に3人がつつまれる)見計らったタイミングで出てきたがコーヒーと茶菓子。

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そして、このすべてが、どれもおいしい。この空間とご夫婦との会話が一段と旨みを生み出している。床暖房のことや、床材について、キッチンの棚の高さや棚の中の板の拘り・手摺りや階段について、そして、自邸についてや設計当初の話や裏話まで、さまざまな話をして頂いた。きっと何度も話をしているはずなのに、とても丁寧に優しく。

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これは玄関部分の階段の始まり面。

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これは、地下1階部分の階段を横から。(この写真の携帯で撮影)

 

ふと時計を見ると、ギャラリーに入ってから3時間がたっていた。これには3人ともビックリした。完全に計画ミスだった。しかし、この3時間はとてつもなく至福のときだったので、次の場所へ向かう車の中で、3人は「言葉にするのがもったいない。」という意見で一致して、それぞれが余韻を味わった。

 

そしていま振り返ると、ぼくが、今まで見た建築の中で一番好きです。いろんな意見があると思いますが、眺めがいいとか、住んでる人がいいとか意匠的にかっこいいとかそんなことではなく、建築が自然と人と時間と共存している様が、ナマの暮らしがそこにちゃんとあることが、とても幸せに感じたからです。